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美しき青きドナウ川に抱かれた町ブダペストを歩く 「ドナウの真珠」と呼ばれた中欧きっての美しい都

 小野 正惠
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中欧の都市の中でも、その美しさにとりわけ定評があるブダペスト。欧州を代表する大河のひとつ、ドナウ川の河畔に広がるこの町は、「ドナウの真珠」「東欧のパリ」と呼ばれてきた。「ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト」として世界遺産に登録された美しい町には、ハンガリーが歩んできた激動の歴史が刻まれている。

苦難の時代を経て都市は発展した

中欧で最大の国家だったハンガリー王国の首都として、15世紀に栄華をきわめたブダペスト。町は、ヨハン・シュトラウス2世の名曲「美しき青きドナウ」で有名なドナウ川をはさみ、東西に分かれる。ブダ城がそびえる西岸のブダ地区は、王国時代の中心地。一方、国会議事堂の建つ東岸のペスト地区は、現在のブダペストの中枢部である。

緩やかに流れるドナウ川をはさみ、向かって左がブダ地区、右がペスト地区

ハンガリー人はマジャール人とも呼ばれ、かつてはウラル山脈中南部の遊牧民だった。9世紀、アールパードという名の首長のもとに7部族が集結し、ドナウ川流域に移動。多くの闘争を繰り返しながら、現在のハンガリーの地に落ち着いたのは896年である。

11世紀、部族統一をなしとげたイシュトバーン1世が、ローマ教皇から王冠を授かり、ハンガリー王国が建国された。その後、モンゴル人の侵攻により国土が壊滅的なダメージを受けたのを機に、北西部のエステルゴからブダに遷都。1242年、ドナウ川を見下ろす高台に住居を兼ねた砦が築かれ、これが現在のブダ城の始まりとなった。

ペスト側からブダ城を望む。城内のマーチャーシュ聖堂の尖塔がひときわ高くそびえる

14世紀、砦はゴシック様式の王宮に生まれ変わった。そして15世紀後半、マーチャーシュ1世の時代に大改築が行われ、華麗なルネサンス様式へとさらに変貌を遂げた。それは、王国の繁栄を象徴する絢爛豪華な姿だった。

ところが、繁栄も長くは続かず、ハンガリーはその後オスマン帝国、ハプスブルク家のオーストリア帝国の支配を受けることになる。こうした時代の波に翻弄される歴史を経た1867年、ハプスブルク家の弱体化に伴ってオーストリア=ハンガリー二重帝国が成立。これによってハンガリーは名実ともに独立を果たすことになり、民族意識の高まりから、新しい町造りが始まった。そしてブダ地区に代わり、新たにペスト地区に国会議事堂など多くの建物が建設されるようになったのである。

ドーム屋根と尖塔を備えたネオ・ゴシック様式の国会議事堂は近代ハンガリーの象徴。「国の家」と呼ばれている

> 高台に広がるブダ城は王国繁栄の証し
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