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ヨーロッパ史上に燦然と輝く「黄金のプラハ」 音楽が流れ文化が香る石畳みの古都

 小野 正惠
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チェコの首都プラハ。この街は1000年以上の歴史を持つ歴史都市にして、現在も国家の中枢であり、そして多くの旅行者を魅了する観光地でもある。街のシンボルであるプラハ城を仰ぐように広がる歴史地区は、そのたどった軌跡を象徴する建造物で埋め尽くされている。石畳みの道を歩けば、どこからともなく流れてくるのは辻音楽師たちの奏でるメロディー。中世の香りが漂う古都には、「黄金のプラハ」と呼ばれた輝きが今も残されている。

「プラハは私を離さない」

ヨーロッパのほぼ中央に位置する、チェコの首都プラハ。その発展は、ヴルタヴァ川を見下ろす高台に城砦が築かれた9世紀にさかのぼる。都市としての始まりは、11~12世紀頃。その後、14世紀に神聖ローマ帝国の首都となり、街は大いに繁栄。「黄金のプラハ」と呼ばれる最盛期を謳歌した。

欄干に聖人像が並ぶカレル橋。行き交う観光客、露天商や大道芸人で、橋の上はいつもにぎわう

"黄金"の名残は、現在のプラハでも十分に感じられる。ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、ロココ、アール・ヌーヴォーなど、さまざまな様式の歴史的建造物が1500棟以上も残るプラハは、建築の博物館さながら。そのロマンチックな街並みは、北欧や中欧における都市建設の手本となったほど。ヨーロッパ中央部という、他国から侵攻や干渉を受けやすい立地にもかかわらず、当時の街並みが残っているのは、奇跡ともいわれている。

さらに、プラハは中欧におけるキリスト教発展の拠点でもあった。そのため、華麗な装飾に彩られた宗教建築が多く、尖塔や鐘楼がそびえる街の景観は「百塔の街」と称えられる。これらの美しき建築群は、後世の建築家や芸術家に多大なインスピレーションを与え続けてきた。

またプラハにあるカレル大学は、14世紀に建てられた中欧最古の大学。そのほか、世界有数の蔵書を誇る図書館や、錬金術師や占星術師の住んだ家々も残る。14世紀から16世紀にかけて、プラハは学問的にもヨーロッパ文化の中心だったのである。

チェコ出身の作曲家、スメタナの代表作「我が祖国」に収められた名曲モルダウ(ヴルタヴァのドイツ語名)こそ、街を貫くこのヴルタヴァ川の流れを描写したもの

ヨーロッパ史に与えた大きな影響――それが、プラハが世界遺産に登録された理由だ。この街で生まれ育ち、小説「変身」で名をなしたフランツ・カフカはかつて、「プラハは私を離さない」と書いた。その言葉が、この街がいかに魅力的かを物語っている。

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