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2人の皇妃、あなたはマリア派?シシィ派? ウィーンのハプスブルク家を彩った皇妃たち

 小野 正惠
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ウィーン世界遺産の旅の第2弾は、王宮巡り。目指すのは、「ウィーンの歴史地区」にあるホーフブルク王宮とベルヴェデーレ宮殿、そしてもうひとつの世界遺産、シェーンブルン宮殿だ。いずれもハプスブルク家の栄華を今に伝える美しく華麗な建造物。ここでは、2人の皇妃に思いをはせながら歩きたい。宮殿にいると否応なく感じる2人の息遣い。しかも性格が正反対の2人。あなたはどちらに引かれるだろうか。シェーンブルン宮殿で18世紀を生き抜いたマリア・テレジアか、ホーフブルク王宮に足跡を残した19世紀の美神、シシィことエリザベートか。世界遺産はそこに生きた人物を知ると、より楽しめる。

ベルサイユ宮殿を目指したシェーンブルン宮殿の美

前回、ウィーンの歴史地区を探訪した流れからすれば、リングシュトラーセ内にあるホーフブルク王宮から回りたいところ。だが、時代の古い順にシェーンブルン宮殿から回ってみることにしよう。

シェーンブルン宮殿へは、歴史地区にあるアールヌーボー(ユーゲント・シュティール)様式のカールプラッツ駅から地下鉄で

ウィーン市内は地上の路面電車やバスも分かりやすいが、地下鉄も日本並みの便利さだ。リング(環状線)内のどこにいるとしても、オペラ座近くのカールスプラッツ駅で地下鉄U線4号に乗り換え、約10分。電車が地上に出ると間もなく、シェーンブルン宮殿駅に着く。小高い丘にある駅を出ると、何ともすがすがしい空気が漂っているのが分かる。それもそのはず。ここは、かつてハプスブルク家の狩猟地だった場所。森にある美しい泉を意味するシェーナー・ブルンネンが、宮殿の名の由来。宮殿の奥に広がる森の澄んだ空気が駅まで届いているのだ。

そして見えてくるのが、テレジア・イエローと呼ばれる黄色の宮殿。17世紀末、神聖ローマ皇帝レオポルト1世(在位1658〜1705年)が、狩猟地に夏の離宮を建てることを思いついた。設計を手掛けたのは、バロック建築の巨匠、フィッシャー・フォン・エルラッハ。ひと足早く完成を見たフランスのベルサイユ宮殿を意識したことがよく分かる、豪華な造りだ。

庭園の中ほどにあるネプチューンの泉水前から見たシェーンブルン宮殿

しかし、レオポルト1世の子、カール6世(在位1711〜1740年)はこの宮殿を好まず、ほとんど訪れることがなかった。放置状態にあった宮殿がよみがえったのは、カール6世の娘マリア・テレジア(オーストリア大公とハンガリー女王としての在位1740〜80年)の代である。マリア・テレジアは即位後1744年に大改築を命じる。当初、ベルサイユ宮殿さながらのピンク色だった宮殿を黄色に塗り替え、内部は優雅なロココ調で統一した。その命を担ったのは、建築家ニコラウス・フォン・パカッシ。

ロココ調を代表する「大ギャラリー」。天井のフレスコ画を手掛けたのはイタリアの画家グリエルミ

中米産の紫檀を惜しげもなく壁全面に使用した「百万の間」、中国製の壁紙に中国の日常生活が描かれた「青い中国の間」、フランツ1世の執務室「ヴューラク(古漆器)室」には、家具や壁に漆がふんだんに使われている。「鏡の間」に設けられているのは、クリスタル製の大鏡とブロンズに金メッキを施した燭台(しょくだい)。白壁に金の装飾が施されたこの部屋で、1762年10月13日、6歳のモーツァルトが初めて御前演奏を行った。使用した楽器はチェンバロだったという。そのシーンを思い描きながら宮殿内を見るだけで、胸が躍る。どの部屋も豪華極まりないが、ロココ調のあでやかな装飾にもかかわらず上品さがにじみ出ていて、落ち着きが感じられるのは、マリア・テレジアの趣味なのだろうか。

6歳のモーツァルトが御前演奏を行った「鏡の間」

> 初恋の人と生涯を共にしたマリア・テレジア
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