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繊細にして華麗の極み、アルハンブラ宮殿 イスラム建築の最高峰と呼ばれる、官能の宮殿

 小野 正惠
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スペイン南部、アンダルシア地方のグラナダに、"人類のつくった最もロマンチック"といわれる建物がある。それが、アルハンブラ宮殿だ。ワシントン・アービングが1832年に発表した「アルハンブラ物語」により、世界にその存在を広めたこの宮殿は、砂漠からやってきたイスラム教徒が築いた地上の楽園。光と水、精緻な装飾が織りなすその美を、存分に堪能したい。

イベリア半島における、イスラム最後の牙城

万年雪をいただくシエラ・ネバダ山脈の、麓に位置するグラナダ。この町の象徴といわれるアルハンブラ宮殿の正式な世界遺産登録名は「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区」。ヘネラリーフェとは、アルハンブラ宮殿に隣接する離宮、アルバイシン地区は、宮殿を一望する丘の斜面に広がる住宅地である。これらがまとめて世界遺産に登録されている。

アルハンブラ宮殿から眺めたアルバイシン地区。町の様子が割れたザクロに見えることから、アラビア語でザクロを意味する「グラナダ」の名が付いた

現在のスペインやポルトガル、アンドラなどがあるイベリア半島は、711年、キリスト教支配からイスラム勢力支配下に移った。以後、イベリア半島は、イスラム勢力から覇権を奪い返そうとするキリスト教勢力によるレコンキスタ(国土回復運動)の舞台となった。

キリスト教勢力は次々と領土を奪還。13世紀、イベリア半島に残る最後のイスラム教国となったのが、半島最南部のグラナダ王国だった。アルハンブラ宮殿は、この王国を興したナスル朝が、1238年に建設着工、1391年に完成させた宮殿である。宮殿の東側にヘネラリーフェ離宮が建設されたのは、1319年だ。

グラナダ市内からアルハンブラ宮殿へ徒歩でアクセスする場合、最初にお目見えするのがグラナダスの門。この門を抜けると「アルハンブラの森」が広がる

1492年、キリスト教徒軍によってナスル朝は滅亡。約800年にわたって続いたイスラム勢力によるイベリア半島支配は、終焉(しゅうえん)を迎えた。けれども、幸いに破壊を免れた宮殿群は現在も良好な状態を保ち、"世界で唯一現存するイスラム宮殿"として、滅亡したイスラム王朝の最後の輝きを現在に伝えている。

ちなみに「アルハンブラ」とは、アラビア語の「赤いもの」に由来する言葉。これは、かつて宮殿の壁が赤いしっくいで塗られていたからとも、夜を徹した建設工事の際のかがり火で城壁が真っ赤に見えたからだともいわれる。要するに"赤い城"である。

では、そのような予備知識を携え、実際にアルハンブラ宮殿を訪れることにしよう。

アルハンブラ宮殿には入り口が2つあり、そのうちの1つがアルハンブラの森の途中にある「裁きの門」

> "イスラム芸術の頂点"に幻惑される
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