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歴代皇帝の物語、サンクト・ペテルブルク ロマノフ王朝の栄華が築いた都市と建築

 小野 正惠
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あたかも豪華さを競い合うようにして建ち並ぶ宮殿、邸宅、聖堂などの建造物と、町を縦横に走る川と運河――。世界各国から訪れる多くの旅行者を魅了してやまないロシア第二の都市サンクト・ペテルブルクは、1990年に「サンクト・ペテルブルク歴史地区と関連建造物群」として世界遺産に登録された。18世紀初頭に建設されたこの町を、豪華かつ華麗な近代都市へと育て上げてきたのは、およそ200年にわたってロシアに君臨したロマノフ王朝の皇帝たち。サンクト・ペテルブルクに散りばめられた数々の歴史的遺産を、各々にまつわる皇帝たちの物語を重ね合わせながら見ていこう。

"北のベネチア"、西欧を目指した

サンクト・ペテルブルクは、バルト海東部のフィンランド湾に注ぐネヴァ川河口に築かれた都市。"北のベネチア"とも呼ばれるこの町には、ベネチアさながらに縦横無尽に運河が走り、観光客は船に乗って町見学を楽しむ。目に飛び込んでくるのは、パステルイエローやパステルピンク、ペパーミントグリーンなどの淡く色鮮やかな建築物。ここは本当にロシアなのか? 町の第一印象は、あまりに想像とかけ離れていて、絶句してしまう。

女帝エリザヴェータの命で建築家ラストレッリが建築したスモーリヌイ聖堂。バロック様式の華麗な建物だ。隣接してエカチェリーナ2世創設の女子学院もある

けれど、この町の歴史をひも解いて行くと、理由は明確。町を建設したロマノフ朝ピョートル大帝が目指したのは、町を「西欧に開かれた窓」にすること。ロマノフ朝最盛期に君臨した女帝エカチェリーナ2世もやはり、「フランスの宮殿のような」宮殿を、と願ったのだ。近代化で後れを取っていたロシアは、西欧に追いつけ追い越せの気合いで、都の建設に臨んだのだった。

ネヴァ川沿いに延々と続くエルミタージュ美術館

ネヴァ川沿いに建つエルミタージュ美術館もその1つなら、ネヴァ川を挟んでエルミタージュの向かい側に立つペトロパヴロフスキー聖堂も淡いイエローをしている。さらに町の東側にあるスモーリヌイ聖堂も、淡いブルー。町の郊外にあるピョートル宮殿は、"北のベルサイユ"と呼ばれる豪華な建物ながら、パステルイエローの明るい宮殿となっているし、やはり郊外にあるエカチェリーナ宮殿もパステルブルーがすがすがしい。

1703年、新都で最初に建設されたペトロパヴロフスク要塞の中に建つペトロパヴロフスキー聖堂

ピョートル大帝が市街に造らせた「夏の宮殿」。イタリア人建築家の設計だが、オランダでよく見られる簡素な木造建築である

さてさて、サンクト・ペテルブルクとは、いったいどんな町なのだろう。まずは、この町の象徴でもあるエルミタージュ美術館を訪ねてみよう。

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