第3回[luxury destination×城崎]
冬解禁の絶品、松葉ガニと名湯を求めて 西村屋本館

冬、粋人ならば極めたいのは美食と名湯。寒い季節ゆえの極上の美味と、とろりと心と体をまろやかにする湯のぬくもりは今だけの贅沢といえる。

そこで訪ねたいのが山陰にある城崎(きのさき)温泉。約1400年の歴史を持ち、『古今和歌集』にも登場する関西では知られた温泉地であるが、これが実にすばらしい。大谿(おおたに)川に沿った温泉街は情緒にあふれ、滞在客は浴衣に下駄という姿で名物の外湯めぐりを楽しむ趣向。

7ヵ所ある外湯はどれも個性的。「一の湯」は、江戸中期、医師の香川修庵により、当代一と讃えられた湯で、まさに城崎温泉の象徴。このほか美人湯で知られる「御所の湯」、縁起のいい「まんだら湯」、風情ある「柳湯」など気のむくままに湯治気分を満喫できるのが楽しい。近年は、城崎温泉がミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで「寄り道する価値がある」として二つ星を獲得したことで外国人観光客も増えている。古くからの温泉街旅情は国を問わず、人々を魅了してやまない。

その城崎温泉で150余年の歴史を誇る、純和風の温泉宿が西村屋本館。一度は泊まりたい憧れの名旅館であり、過去に文人墨客、著名人たちも投宿した山陰を代表する宿のひとつだ。温泉街にたたずむエントランスからして風雅。一歩、足を入れると磨きこまれた飴色の廊下と、その先に広がる完璧に手が施された絶景の日本庭園。非日常の空間と、一流ゆえの存在感にただただ圧倒されるばかりだ。

城崎温泉街でもひときわ風格を漂わせる西村屋本館。一度は滞在したい名宿だ

西村屋本館の真骨頂は建築美学にある。本館とは別に奥にひろがるのは名建築家・平田雅哉が手がけた代表作のひとつ、平田館。東京都庭園美術館の旧朝香宮邸茶室「光華(こうか)」、京都・大徳寺如意庵、料亭吉兆など数多くの名建築を遺した名人である。平田館全9室は、それぞれ意匠が異なるが、極みは露天風呂付き特別室「観月の間」。帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトを意識したという純数寄屋造りの客室は大胆な構図、ミッドセンチュリーの趣さえも感じさせ個性が光る。

そのほかの客室も庭園を囲むように造られ、一部屋ごとに味わい深い。特別室「松の間」は、客室の中で最も古いもののひとつ。書院造りの端正さと、庭園の眺望がみごとに融合。この部屋を愛する常客も少なくない。

平田建築の真骨頂、「観月の間」。フランク・ロイド・ライトの流れを汲む意匠が秀逸
端正な雰囲気の大浴場「吉の湯」。このほか美しいタイルとエキゾチックな中国風デザインの「福の湯」がある

さらにこの時期、城崎を訪れる喜びといえば松葉ガニ。日本海・山陰地方の冬の風物詩であり、漁が解禁される11月初旬から3月末はこの期間限定の味覚を求める客も多い。西村屋本館では総料理長・高橋悦信氏による津居山、柴山といった地元の港で水揚げされた活きガニをたっぷりと堪能するカニづくしの料理を用意。刺し身や蒸し、焼きといった異なる調理法で味わえば、甘み、香り、テクスチャーと五感を刺激する愉悦の美食体験に感動する。このためだけに訪れる価値ありと納得するはずだ。もちろん、カニ以外の日本海・山陰の美味・美食は数知れず。なかでも但馬牛は神戸、松阪、近江牛の素牛となるほどの最高級の肉質を持った逸品。こちらも城崎にきたら味わいたい究極の食材といえる。

甘み、うま味が凝縮された絶品、松葉ガニ。一度食べたら忘れられない贅沢な逸品

この時期だからこその城崎滞在。関西の美食家・好事家たちに独占させておくにはあまりに惜しい。今年こそぜひ、訪れたい東京人の知らない隠れた名スポットだ。

西村屋本館
www.nishimuraya.ne.jp/honkan/
兵庫県豊岡市城崎町湯島469
電話:0796-32-2211

寺田直子(てらだ なおこ)

トラベルジャーナリスト。オーストラリア、アジア、ヨーロッパなど約70カ国を訪ね、年間150日は海外のホテルに宿泊。主に女性誌、旅行サイト、新聞、週刊誌などで紀行文、旅情報などを執筆。独自の視点とトレンドを考えた斬新な切り口で人気を集める。
2013年『ホテルブランド物語」(角川oneテーマ21)を韓国で翻訳出版。近著は『泣くために旅に出よう」(実業之日本社)。公式ブログ「ハッピー・トラベルデイズ」http://naoterada.exblog.jp/