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(日経ビジネス Priv.プライヴ 2014年 秋号より転載)

「さしすせそ」の足し算・引き算 調味料の美味しい科学

昨年末(2013年12月4日)、日本の食文化がユネスコの無形文化遺産に登録されることが決定した。「和食」は自然を尊重する日本人の心を表現したものである、というのが大きな決定理由であった。日本の国土は南北に長く、海、山、里と多様な自然が広がり、その地に根差した多彩な食材があり、それらの食材の持ち味を生かしながらよりおいしくする調味料や調理技術も巧みに発達した。味も栄養素も世界に誇る日本伝統の発酵調味料はその代表的存在の一つである。そして、「さしすせそ」の"調理の方程式"は、先人の知恵と調理の科学から生まれた見事な調理技術といえる。さは砂糖、しは塩、すは酢、せは醤油、そは味噌。和食の味を決めるこの5つの調味料はさしすせその順番で入れると味、色、香り、うまみ…どの点からみてもおいしく仕上がる。調味料の基礎をおさらいし、今の時代に適した「さしすせそ」理論を追求しよう。

ご協力いただいた方

「分とく山」総料理長 野崎洋光さん

1953年、福島県生まれ。伝統や慣習にとらわれず、自分が納得したものだけを作り続ける。長年の経験から、おいしい味のための調味料の比率を著した『美味しい方程式』(1997年刊)は今も売れている。

料理研究家 後藤加寿子さん

茶道武者小路千家十三世家元有隣斎と千澄子の長女として京都に生まれる。茶懐石料理研究家の第一人者であった母の影響で伝統の京料理や懐石に造詣が深い。結婚後は東京を拠点に伝統の和食を次世代に伝えることに意欲的。

国際中医師・中医薬膳師 村岡奈弥さん

フランスの三ツ星レストラン「ミッシェル・ブラス」での修業など、長年のフランス料理研究の後、薬膳の世界へ。現在は、国立北京中医薬大学日本校講師、日本中医食養学会理事も務める。和洋中いずれの料理にも造詣が深い。

part 1. 砂糖と塩は「味の礎」

1-1 分子の大きさを知る

「さ」は砂糖。「し」は塩。味のベースを決めるこの二つの分子を比べると、砂糖よりも塩のほうが小さく、砂糖は塩の約6倍の大きさだという。ゆえに、砂糖と塩を同時に加えたとしたら、分子の小さな塩のほうが先に組織に浸透する。「塩は組織を引き締める力があるので、砂糖が入りこむ隙は限りなく少なくなる。ですから、イメージ通りの甘みを出すためには余分な砂糖が必要になる。つまり、塩より分子の大きな砂糖をまず入れて浸透させてから分子の小さな塩を加えたほうが、甘みと塩みのバランスがとれる」(野崎さん)。料理は理にかなった科学である。

1-2 「さ」の浸透圧とうまみ

適宜に切ったかぼちゃやさつまいもなど、でんぷん質をもつ野菜に砂糖をかけてしばらくおく。すると「砂糖の浸透圧で水分を引き出し、溶けた砂糖が繊維の隙間を広げて味が入りやすくなる。結果、食材のうまみが引き出され、少量の砂糖でおいしく仕上がる」(後藤さん)。また、砂糖はたんぱく質の再結合を遅らせ、たんぱく質の気泡を抱き込むので、卵焼きをやわらかく仕上げる。

1-3 今やみりんが「さ」

「甘みとうまみは密接な関係にある。だから、肉や魚など食材自体に複雑なうまみがあるものは余計な甘みをつけなくていい」(野崎さん)。砂糖のシンプルな甘みは、食材のもち味を引き出す。滋味は豊かでも、肉や魚などがもつようなうまみが少ない野菜や、そのもの自体には味がない高野豆腐などは、砂糖分をやや多めにしたほうがうまみが広がる。砂糖の代わりに、「発酵調味料でうまみ成分が強く、砂糖より甘みがすっきりしていて、食材のうまみを複雑に引き出すみりんがおすすめ。甘いはうまいと心得て」(野崎さん)。

1-4 下ごしらえと塩の作用

塩には強い浸透圧の力とともに、たんぱく質を固める作用があるが、それを最大限に利用したいのが魚や肉の下ごしらえだ。魚や肉を焼く10~15分ほど前に塩を振ると塩の浸透圧で表面に水分が出てくる。「これは、塩分濃度の低い内部の水分が、濃度の高い表面に移動してくる塩の浸透圧の作用によるもの。それと同時に、肉や魚の表面のたんぱく質が固まるので、うまみを閉じ込めて焼くことができる。また、魚の切り身に塩をしっかりめに振ってたんぱく質を固めておくと、酢締めにした際の身くずれをも防ぐことができる」(野崎さん)。

1-5 塩で野菜に下味を

野菜をゆでる際に、沸騰した湯に塩を入れると色よくゆであがるというのはよく知られていること。これは、酵素の働きで青菜が黄褐色に変色するのを塩の成分が防いでくれるからだが、塩にはもう一つ、大切な作用がある。「湯に加えた塩を野菜に浸透させると、野菜のおいしさが際立つ。それに天然塩は、上手に使えば消化不良気味の胃腸に好影響もあります。塩は健康に必要なもの」(村岡さん)。そして、日ごろ使う塩は、ミネラル分が豊富な自然塩がおすすめ。

Aha! 砂糖の効果的な使い分けは?
一般的に使われている砂糖を大別すると、甘みの強い順から黒砂糖、三温糖、ざらめ、上白糖となる。「日常の料理に使いやすいのはクセがなく素材の持ち味を生かす上白糖。ざらめもシンプルな甘みなので果実酒などに。食材自体にクセがあるものは複雑な甘みをもつ三温糖でコクをプラス。濃厚なコクの黒砂糖は黒蜜などのお菓子に」(後藤さん)。
part 2. 酢・醤油・味噌で「味の詰」
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