デザイナーとして、女性として。
スウェーデンでの創造的な暮らし。

インゲヤードさんは70歳を超えてなお現役で活躍し、世界を旅することも多い。どんな子供時代を送ってデザイナーになり、どんな暮らしをしているのだろう?

「私は子供時代、読み書きが不自由というハンディキャップがあり、粘土を触ったり絵を描いたりという遊びを必然的に見つけなければなりませんでした。困難もあったとはいえ、このことが私をデザインの道へと進ませ、障がいを乗り越えて今があるのは幸運なことでした」

美術大学を卒業して社会に出たのは1960年代後半、欧州では学生が反体制的な行動を起こした変革の時代でもあった。

「素晴らしい時代に生きてきたと感じます。若者が過去の概念を投げ捨て、自分がどういう人間なのか認識させられたダイナミックな年月でした。私は徒党を組まず一人で何かをするタイプでしたが、乳母車を押してデモに参加したこともありました」と微笑む。

「夫とはその時代、1966年からずっと一緒に生きてきました。彼は身の回りのことは自分でしますし、お互い自由に暮らしていますが、何かあれば支えあう間柄です。共通の趣味を持ち、美術館やコンサートにも一緒に出掛けます。私たちには、すでに大人である19歳と、人生が始まったばかりの3歳になる孫がいます。彼らと触れ合うことで、また別の新たな世界とつながっていると感じています。」

「ごく普通に暮らし、料理も好きです。私の作品が機能的なのは、最初の使い手として、私が機能性を必要としているからなのです」

南スウェーデンのスコーネに別荘を持ち、陶芸のスタジオとしても使っている。別荘にいるときは海で釣りをし、庭で植物を育て、ひとりで考え事をする場にもなっている。

夏にはとりわけ快適なスコーネの家とアトリエ。
この冬はあえて寒い時期に滞在し、じっくり陶器づくりに向き合うという。

「この冬は最も寒い時期に滞在し、有田で培ったことをもとに、陶芸作品に取り組むつもりです。この地の厳しい自然は自分を鍛えてくれ、忍耐強さを学ぶ絶好の場所にもなっています」

時を経ても輝きつづける作品は、こうした環境と意識のもとに生まれてきた。

インゲヤードさんの作品に触れ、使うことで、私たちは彼女の過ごしてきた時間、北欧の感性、磨かれて洗練された独自の美学を、ぞれぞれの日常の静かな喜びのなかで、豊かに共有することができる。この冬誕生する、有田の息吹を受けた作品の数々も、心から楽しみにしたい。

Ingegerd Råman(インゲヤード・ローマン)

スウェーデンを代表するガラス・陶器デザイナー。1943年ストックホルム生まれ。1961年にイギリスに留学。62年に美術大学コンストファックに入学。在学中にイタリアで陶芸を学ぶ。卒業後、1972年までガラスメーカーJohansforsに在籍し、1981~98年までSkrufのデザイナー、99年からはOrrefors社のデザイナーを務める。メーカーでのデザインを手掛けると同時に自身のスタジオを持ち、陶器も手がける。95年にはスウェーデン政府より名誉教授の称号を授与される。作品には1967年から続いているもの、20年前のデザインをアップデートしたもの、30年前のアイディアのストックを形にした最新作まであり、生活と密着したものづくりを続けている。

Text
:by Misuzu Yamagishi
Photography
:by Junji Hirose

取材協力/CIBONE 青山

107-0062 東京都港区南青山2-27-25 オリックス南青山ビル2F
OPEN:11:00-21:00
http://www.cibone.com/abouts/index.php
インゲヤード・ローマンさんのガラス、陶器を取り扱っています。

関連リンク

「2016/ project」
http://www.2016arita.com/jp/arita/about-the-project

Skruf(スクルフ)
公式サイト:http://www.skrufsglasbruk.se

Orrefors(オレフォス)
公式サイト:http://www.orrefors.com

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