第4回 学び続けられる力が人生を楽しくする

「子供のころから、食卓にはいつもワインがあった。が、両親はワインについて蘊蓄をかたむける、といったことはなかったわ」

そう記憶をたどるのは、ミケーラ・チマトリブスだ。ワインのマーケティング会社、ロッシ&ビアンキの共同経営者である。ワイン関係のイベントのオーガナイズやワイナリーの広報活動を業務とする。フランスの高級ブランドグループLVMHも彼らの顧客だ。同グループのシャンペン、ドン・ペリニヨンはイタリアでのコミュニケーションを彼らに委託している。

幼少のころ、母親からスイーツの作り方を教えられていた彼女は、自らの味覚に自信があった。だが、この自信を仕事とするまでには紆余曲折がある。

さまざまな道をたどり、好きなことを仕事にしたミケーラ

カナダのケベックで、イタリア人の父親とドイツ人の母親の間に生まれた。育った環境から、二つの特質を得た。異なる文化を行き来することに抵抗がない。言語を学ぶのも好きだ。

当然のように高校は語学系に進む。ミラノの大学に進学すると、企業論やマーケティングを学んだ。彼女は、「理論を追い求めるより、現実の動きを追いたかったのね」と話す。

卒論は、指導教授との共著で本になった。勉強が得意なのだ。卒業後、企業でリサーチャーを務め、その間に米国の大学でマスターを取った。

ミケーラの人生は時代に背中をおされた、という表現が妥当かもしれない。90年代、それまで独占下にあった通信市場の開放が世界の趨勢となった。彼女は、市場開放を迫る民間通信会社に転職した。

今度は自ら動いて判断する人間として、「リサーチャーとして、いろいろと調べているだけでは物足りなくなったの。それで通信各社とチームを組んで、ローマの政府機関にロビー活動をするような立場になったわけ」とミケーラ。

頻繁にマスコミの脚光を浴びる仕事に、充実感を得た。そのとき偶然、友人に誘われてワインのソムリエのコースに通うようになった。あくまでも趣味だった。

数年後、時代は大きく変わる。今世紀に入っておこったITバブル経済の終焉だ。ミケーラが幹部だった会社は株式上場が半年遅れたことで、ほとんどのプランが壊滅する羽目になったのだ。

そこで、彼女は考えた。「もっと自分の好きなことで生きてみよう」と。そこから会社の仕事を続けながら、フィレンツェ大学のマスターコースでワイナリーのマーケティングを勉強した。

彼女のワインを柱とした生活は、こうしてスタートした。誰も知らない世界に入っていくことに、怖さはなかった。異なる文化との付き合いは、ミケーラの得意とするところなのだ。

「アーティストのようにクリエイティブでもないし、エンジニアのように数字に強いわけでもない。そういう私にとって、今の仕事はぴったりね」

旅が多いが、休日には山歩きにも出かける。

同じ業界でビジネスをするパートナーと生活しながら、公私ともに旅の機会は多い。山歩きも好きだ。自宅では、エスニック料理をさまざまに試みる。今はビールメーカーのクライアントも増えているので、ビールの研究にも熱心である。

「手に職をつける」という言葉がある。地に足のついた人生を送る方法のたとえにもなる。ミケーラの話を聞いていると、新しい分野をひたすら学び続ける術をもっていることも「手に職」ではないか、とぼくは思った。

ミケーラ・チマトリブス
Age / 40代
Job / ワインマーケティング会社の共同経営者
Address / ミラノ
Nationality / イタリア/ドイツ

安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして独立。デザイン、食品、文化論(ローカリゼーションマップ)などを活動領域としている。著書に『ヨーロッパの目 日本の目――文化のリアリティを読み解く』(日本評論社)、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。
ローカリゼーションマップのサイト http://www.localizationmap.com/