第3回 どんな世界でも自分の居場所をつくり続ける

ロージ・マッサーリのオフィスに入った瞬間、「私は弁護士という仕事が好きじゃないのよ。他人の悩みに向き合うのは気が重いわ」と、笑いながら言われて面食らった。ストレートだ。

50代前半にして白いシャツにジーンズがよく似合う。歩き方と姿勢のよさから昔、クラシックバレエをやっていたのは想像できた。

「私が法律の世界に入った理由については、父親のことから話さないとね」と説明をはじめた。父親は法医学の権威で、医療過誤訴訟という分野をイタリアで確立した人だ。先日91歳で亡くなるまで現役で、顧客は列をなしていた。その彼が「医者はもうからない。弁護士とパートナーを組むと、彼らのほうが何倍も稼ぐ」と、娘たちには法曹界入りを強く勧めた。

ロージの妹は弁護士になったが、ロージは大学でコミュニケーションを勉強し広報の仕事をしていた。そして30歳のとき、アルゼンチン人のポロ選手でマネジャーである男性と結婚し、サントロペ、パリ、ジュネーブと夫の仕事に合わせて海外生活が続いた。母親がドイツ人だった彼女は幼稚園のときからドイツ人学校に通い、伊語に加え独語、仏語、英語を身につけていた。海外でのポロチームの広報担当は、はまり役だと思った。

転換期は38歳のときの妊娠だった。自分の進むべき道を、深く考えはじめた。

そのとき、父親から「ミラノに戻って弁護士になれ」との言葉が飛んできた。ロージは大学に入りなおした。子育てをしながら法律を勉強し、2人目の出産をも経て、留年もせず最高点で卒業。弁護士の仕事をはじめ、医療ミスを探る世界にも足を踏み入れた。

弁舌さわやかで明るいロージは友人を大切にし、新しい領域を開拓していく機会も多い。今は、インターネット上で個人のプライバシーを守る案件にも関わっている。検索エンジンで出てくる過去情報を削除してもらえるかどうか? だ。「忘れられる権利」である。

「米国は表現の自由に価値をおくけど、欧州は個人のプライバシーを優先するのよ。私は欧州の考え方を支持しているわ」と、力強く語る。父親譲りのフロンティア精神だ。

彼女は、コンテンポラリーアートの主だった展覧会には足を運ぶ。古い作品も嫌いではないが、アートは現代ものがいいという。だが、建築は伝統的なスタイルを好む。

「最近、ミラノ市内にも増えた高層ビルなんか住みたいと思わないわ」と語る彼女のオフィスは、第二次世界大戦で空爆を受けなかった地域にある石造りの建物内にある。中庭とらせん状の階段が魅力的な空間だ。

何に価値をおくべきかという判断をする目が、洗練されている。それが自分の居場所づくりに発揮され、そうした生き方のスタイルがどんな職をも魅力的にみせる。もともと弁護士向きではないとご本人は言うけれど、弁護士は天職である、と思わせるものがロージにはある。

父親のデスクを継いだロージ。つい最近父親を亡くし、
医療過誤の案件に限って父親のスタジオで仕事をするようになった。
撮影:ロージ・マッサーリ 

ロージ・マッサーリ
Age / 50代前半
Job / 弁護士
Address / ミラノ
Nationality / イタリア / ドイツ

安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして独立。デザイン、食品、文化論(ローカリゼーションマップ)などを活動領域としている。著書に『ヨーロッパの目 日本の目――文化のリアリティを読み解く』(日本評論社)、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。
ローカリゼーションマップのサイト http://www.localizationmap.com/