第2回 音楽の「誠実さ」を追い求め続ける女

音楽は怖い。美しくもあるが、美しいがゆえに聴く人の心を不要に惑わせることがある。

ミラノに新しくできた高層ビル街を遠くに見るペントハウスにあるスタジオで、「音楽教育に情熱を捧げるのは、ひとりひとりが自分の考えで自信をもって音楽を判断する力をもってほしいからなの。音楽は人をエンドレスに向上させるツールと捉えているわ」と、英国人のステファニー・ルイスは語る。

幼少の頃からピアノとバイオリンを習ってきた
撮影:カロラ・デュコリ © Stephanie Lewis 

ステファニーは、オンラインを使った音楽教育のプログラムをほぼ完成させた。その狙いが上述のセリフにある。

彼女は「音楽は世界の共通語である」というキャッチフレーズの嘘を突く。しかるべき教育を受けないと、その音楽がいいかどうかは分からない。その証拠に邦楽のよさを理解する欧州人は少ない。明治のはじめの日本人も、西洋クラシック音楽を奇妙なものと受け取った。

スコットランドの音楽一家に育ったステファニーは、幼少の頃からピアノとバイオリンを習ってきた。しかし、音楽しか知らない人間にはなりたくなかった。音楽院には進学せずオックスフォード大学に学んだ。そこで彼女は実技のレッスンに加え、音楽学や歴史など幅広い教養を身につける。

卒業後、彼女はスコットランド政府の官僚になった。輸出促進や観光誘致の仕事をした。が、2年後に辞める。仕事にも給与にも魅力が感じられなかった。そして独立して、音楽を教えるスタジオをもった。しかし、収入を安定させるのは難しいと悟り、エディンバラ大学で1年の教職コースをとった。

音楽の教師として最初に教壇に立ったのが、イタリアのインターナショナルスクールである。たまたま、大学の掲示板で求人の案内を見つけた。それからミラノに住んで15年になる。イタリア人の演劇人と結婚し子供も授かり、年齢も40代前半になった彼女は昨年、学校を辞め再び独立した。

「音楽は2分間の歌だと思っている人が多いのよ。マーケティングがあって大量生産システムで音楽がつくられ、消費されている。その一方で音楽はオンラインで聞くものになり、ますます民主化が進んでいる」と、ロマン派が好きだが、iTuneには近代新古典主義のストラヴィンスキーの曲がトップに入っているというステファニーは語る。

だからこそ、音楽の「読み方」を知ることが大切になっているのである。音楽に流されないためには、音楽とは何かをよく知っておく必要がある。

実は、ステファニーが着々と進めている企画がもう一つある。ミュージカルの上演である。コンピューターであらゆる楽器の音をつくれる今、ミュージカルのオーケストラを用意するのも技術的には難しくない。英語版は既に英国で上演したが、現在、イタリアでの実現を狙っている。

音楽に対する誠実な態度とは、ステファニーのような生き方にこそ内在するものではないか。さらに言うなら、精神的なタフさが誠実であることを支え続けているようにぼくの目には映る。

ペントハウスにあるスタジオで語る
撮影:カロラ・デュコリ © Stephanie Lewis 

Stephanie Lewis(ステファニー・ルイス)
Age / 40代前半
Job / ミュージシャン、音楽エデュケーター
Address / イタリア、ミラノ
Nationality /英国

安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして独立。デザイン、食品、文化論(ローカリゼーションマップ)などを活動領域としている。著書に『ヨーロッパの目 日本の目――文化のリアリティを読み解く』(日本評論社)、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。
ローカリゼーションマップのサイト http://www.localizationmap.com/