IEDAN 06 × 是枝裕和(映画監督)
つかず離れずの微妙な距離で
確かにつながっていく家族の姿

IEDAN
家を楽しむ、家族と楽しむ。
人生に、仕事に、こだわりを持ってまい進するのはもちろんのこと。
家という空間が好きで、家で過ごす家族との時間を大切にしたいという男たち。そんな新しい男性像をGENUINはIEDAN【イエダン】と名付けました。

「なりたいものになれなかった」団地と家族の物語

台風の夜、吹き荒れる雨風を避けて公園の遊具の下にもぐる父と子。「パパは何になりたかったの。なりたいものになれた?」という息子からのまっすぐな問いに、「まだ、なれていない」と苦く答える父。夢見た未来と、少し違う今を生きる家族の姿をつづった是枝裕和監督の最新作、『海よりもまだ深く』の印象的なワンシーンだ。

主人公は、15年前に文学賞を一度受賞したものの、現在は探偵事務所で糊口をしのぐ中年男の良多(阿部寛)。愛想をつかして出て行った元妻・響子(真木ようこ)に未練たっぷりなくせに、息子の養育費もギャンブルに注ぎ込んでしまうダメ男だ。しっかり者の姉(小林聡美)にも呆れられ、頼みの綱は団地で一人暮らしをする母(樹木希林)。ある日、母の元に集まった“元家族”の親子3人は台風で帰れなくなり、一晩をともに過ごすことになる。

日本公開に先駆けて、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品されたことでも話題を呼んだ最新作について、「『団地を撮りたい』と思ったんですよ」と是枝監督は語る。

きっかけは15年前、父親が亡くなり、母親がひとり暮らしを始めた団地に里帰りしたときに見た光景だったという。監督が9歳から28歳まで暮らし、今回の撮影にも使われた東京都清瀬市の旭が丘団地。西武線の最寄り駅からバス便ということもあり、若い世代に敬遠され、住民の高齢化が進んでいる。

「子どもがいなくなって、木だけが大きくなっている──この風景を映像に残しておきたいと考えました」

かつて憧れの集合住宅として全国に建てられた団地が、さまざまな問題を抱え、建てられた当時にイメージされた未来とは違った現状に直面している。そんな団地の姿に、「なりたいものになれなかった」登場人物の切なさを重ね合わせて描くという映画が、だんだんに構想されていったそうだ。

受け継がれ、つながっていく「鎖」のひとつに自分がなるという安心感

脚本をつくるときは、テーマやストーリーをがっちり決めることはせず、思い浮かんだシーンを書くことから始めるという。さまざまな企画の合間をぬって2009年から書き始められた創作ノートには、たとえば子どもの頃、「台風の翌朝にランドセルをしょって学校に行くとき、芝生や建物が洗われたようにキラキラしていた」といったエピソードが集められていった。

「それがけっこうな量になったのがちょうど『海街diary』の脚本を書いているころでした」

まず最初に手をつけたのが、父の仏壇に線香をあげようとするものの、灰の中に線香の燃えカスがぎっしり詰まってて刺さらないというシーンだった。

「新聞紙を広げた上にカップ麺の割り箸で灰をつっついて出す。実は僕も実家で同じことをしたのですが、その行為が、父親の葬式の後に焼き場で灰をかきわけて遺骨を集めた場面につながって。『ああ、これは書けるな』という手応えを感じたのです」

その頃には母親も亡くなり、団地にあった実家も引き払われていた。映画の仕事をするうえで「精神的な父親だった」というプロデューサーの安田匡裕氏の死も、「どこか、『これで自分も大人にならなければ』という覚悟を与えてくれた気がします」。

めったに帰らなかった実家でも、「もうそこにない」と思うと心がざわつく。昨日までそこにいた人が亡くなるという切なさも、年齢を重ねれば誰もが味わっていくものだろう。その痛みをやわらげてくれるのは、親から子へ、先達から後へ続く者へ、受け継がれ、つながっていく“鎖”の輪のひとつに自分がなったという思いかもしれない。

「ぼく自身も親になり、親たちを見送ったことで自分の中に起きた変化を含めて、今回の映画は自分の今をいちばん色濃く反映できた作品だと思っています」。

ポップコーンを食べながら、いっしょに映画を観る時間

実生活では、小学3年生になる娘さんの父親でもある是枝監督。取材日は、もうすぐカンヌへ出発するというスケジュールのまっただ中だったため、

「この3日間、まったく話をしていないんですよ。彼女の登校前にはぼくが起きられないし、夜帰宅した頃には寝ているし。寝顔を見るくらいしかできない」

子育てに参加する“イクメン”には、なろうと思ってもなれない。父親はもっと子どもと向きあうべきだという論調もある意味で正しいと思いつつ、

「みんながみんな、親子で面と向かって向きあっても、ちょっと暑苦しいんじゃないかと思ったりもするし(笑)。一生懸命、楽しそうに働く背中を見せている昭和っぽい父親がいてもいいじゃないかと」

まあそれも、言い訳かもしれませんがと苦笑いする是枝監督。今回の映画では、しっかり者の母親に対して徹底的に「ダメ」な父親像が描かれているが、自分と娘さんの関係については、

「怒れない父親ですね。たまにしか会わないのに口うるさく怒ってばかりいたら、うるせえなって、自分が子どもなら思うだろうし(笑)。これは仕事でも同じで、怒ってどなって、相手にプレッシャーをかけて思い通りにしようという関係が、ぼくはあまり好きではない。他人は思い通りにならないということを前提に、ならば自分はどうするかと考えるほうが性に合っているんでしょう」

たまの貴重な休みには、いっしょに映画館へ行く。

「いちばん最近は、『(広瀬)すずちゃんが見たい』という娘のリクエストで『ちはやふる』に行きました。残念ながら『海街diary』ではなく、テレビドラマで見てファンになったようですが(笑)」

上映時間を気にしながら映画館にかけつけ、売店で買ったポップコーンを食べながら、大きなスクリーンで映画を「観る」。そんな父親との休日が、記憶のどこかに残ってくれたらいい。そんなささやかな幸せを、大事にしたいと語る是枝監督なのだった。

【是枝裕和監督 最新作】
『海よりもまだ深く』
5月21日(土) 丸の内ピカデリー、 新宿ピカデリー他 全国ロードショー

出演:阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキー 池松壮亮 吉澤太陽 橋爪功 樹木希林
公式サイト:http://gaga.ne.jp/umiyorimo
配給:ギャガ

HIROKAZU KORE-EDA

1962年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、番組制作会社テレビマンユニオンに参加。ドキュメンタリー番組の演出を手掛け、2014年に独立し、制作集団「分福」を立ち上げる。1995年、映画監督デビュー作『幻の光』がヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』は世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットを果たした。2004年、『誰も知らない』で主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を史上最年少受賞。2013年には福山雅治主演の『そして父になる』が、カンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞を受賞した。最新作『海よりもまだ深く』が2016年5月21により全国公開予定。

Text
:by Mary Yamada