IEDAN 04 × マッテイ・ダヴィッド(david pain)
自然のなかで育まれる酵母の味わい、家族の姿。
コルシカ生まれのパン職人が、つくばの町で築いたものは。

IEDAN
家を楽しむ、家族と楽しむ。
人生に、仕事に、こだわりを持ってまい進するのはもちろんのこと。
家という空間が好きで、家で過ごす家族との時間を大切にしたいという男たち。そんな新しい男性像をGENUINはIEDAN【イエダン】と名付けました。

作りたいパン、目指すパンのアイデアはいつも自分の中にある

おだやかに晴れた、木曜日の朝。緑の木々の向こうから鳥の声が響いてくる静かな住宅地の中に、目指すその店はあった。深緑色のどっしりした建物の前には、『david pain』と書かれた大きな看板が掲げられている。オリーブと桜の新緑が初夏の風に揺れる、心地いい木のテラス。袋いっぱいのパンを抱えた人がガラス戸を開くたびに、なんとも味わい深い香りが鼻腔をくすぐる。ああ! これは、おいしいパンに違いない。本能が、そう知らせてくる。

「作りたいパンは、小麦粉と塩と水、そして自家製天然酵母だけの、いちばんシンプルなパンです。外側はぱりっと香ばしく、内側はもっちりとしていて、持つとずっしり『重たい』。外から味を加えるのではなく、パンそのものの味を楽しめるようなパンを目指しています」

職人らしい生まじめな様子で語るマッテイ・ダヴィッドさんは、フランス・コルシカ島の出身。高校卒業後にパリの音楽学校で学び、ジャズの作曲家・演奏家として活動したのちに、パン職人へ転身。メゾンカイザーやbe(ビー)-ブーランジェピシェなどフランスの伝統を受け継ぐ店で修業を積んだ。

「どの店も、味にこだわりのあるパン屋でしたが、どこの店で働いていても『こうすればいいのに、ああすればもっといいパンができるのに』というアイデアが次々と湧いてきて仕方なかった。ならばいっそ、自分の店を持つしかないと考えたのです」

生まれ育ったコルシカでは、自宅の畑で取れた野菜、自分たちが育てた家畜、海で釣ってきた魚を食べてきた。自然がもたらすシンプルな素材を、いかにシンプルなままおいしくするか。それがパン作りの原点にもなっているという。

自分の店を持つなら、自然の豊かな場所がいい。故郷へ帰ることも考えたものの、「コルシカ島はもう十分知っているから(笑)、まったく知らない新しい場所でやってみたい」と選んだ先が、奥さんの生まれた茨城県だった。以前に来日したとき味わった和食のおいしさ、素材の持ち味を大切にする文化に引かれたこと。また、「フランス人にとってパンは日常。だから、家の近所のパン屋へ通います。だけど日本では、おいしいものを『探して』買う人が多いと感じたのです」。つまりおいしいパンを作れば、きっと探し当ててくれるお客さんがいるはずだと、ダヴィッドさんは考えたのだ。

しかし、日本でしばらく働いたパン屋でも、食材探しを通じて知り合った関係者からも、「ダヴィッドが目指す『堅いパン』だけでは、うまくいかないよ」と忠告された。つくば市の中心から少し離れた住宅街で9年前に店をオープンした当初は、甘いパンも総菜パンもない品ぞろえに、とまどうお客さんも多かったという。「でも、作りたくないパンは作らない。人気のパン、流行のパンに興味は持てませんでした。そうするうちに、『バゲットって意外と食べにくくないのね』『本当はこういうパンが好きだったけれど、今まで周りになくて気づかなかった』というお客さんも少しずつ増えていってくれました」。今では近隣だけでなく、他県から足を運ぶ常連客も多く、評判を聞きつけた全国のパン愛好家たちが集まる店へと成長したのだ。

パンを作り、家族と過ごす。両方の時間が同じように大切。

『david pain』の評判でもっとも目にすることが多いのは、「午前中に行かないと売り切れる」という情報だろう。パリでも東京でも人気店は、仕込んでおいたパンを次々と焼いて店頭に並べる。そのために従業員や弟子を雇う。しかしダヴィッドさんは、全てのパンを自分で作る。自分の手が行き届く範囲以上のパンは作らないと決めている。

「天然酵母のパンは、酵母が働く時間が長ければ長いほど味わいが増します。その日にお店へ並べるパンは2日前に仕込むので、種類も量も、たくさん準備できない。できたとしても、売れ残ったパンを処分することは絶対にしたくありません。だけど、せっかく来てくれたお客さんに『ごめんなさい、売り切れました』と伝えるのもつらい──難しいですね」

現在の仕事のペースと、奥さんと小学生の娘さんふたりと過ごす家族の時間は「とてもいいバランス」だと言うダヴィッドさん。店舗の向かいにある自宅とは、まさに職住近接。起床時間こそ、その日のパンを焼き始める深夜になるが、手伝いのため4時に起きる奥さん、6時に起きてくる子どもたちと、休憩がてら朝ご飯はいっしょに食べる。7時半に開店したら仕込みをしながら店番。昼ごろに売り切れて閉店したら、子どもたちが帰るまで仕込みを続ける。

「少し遊んで、いっしょにお風呂。夕飯を食べて、みんなで8時には寝てしまいます。毎日こんなことができるのは、珍しいお父さんでしょう(笑)」

土日に遊べないぶん、祝日や長い休みには近隣の自然公園などでたっぷりと遊ぶ。また自宅の前の菜園では、子どもたちも一緒にタマネギ、ニンニク、ズッキーニ、ナス、キュウリなどを育て、無農薬・無化学肥料の野菜は『david pain』のパンにも生かされているという。

生きがいをもって働く両親、そのパンを楽しみに集まるお客さんを見て、子どもたちは「パン屋さんになりたい」と憧れたりはしないだろうか? 奥さんによれば、自宅でいっしょにクロワッサンを巻いたり、パンを焼く手伝いをすることはあるので、身近な職業と感じているのは確かだという。ただダヴィッドさんは、自分の店を継いでほしいという気持ちはまったくないという。

「もしパンやお菓子を作りたいなら、他の店で修業したほうがいい。父親の店で教わったら、それ以上のことが学べなくなる。いろいろな店で経験を積むなかで、『これは違う、もっとああしたらいいのに』と考える。それが大事です」

もし子どもたちが食の世界に進むとして、父親としてできることは、「本物の味、本当においしいものを小さいときから味わわせることだけ」とダヴィッドさん。自分自身、学校や職場で教えられたこと以上に、自分で経験して悩み、試行錯誤して身に付けたことが人生を支えていると実感しているからだ。

ダヴィットさんはこれまでに2度、家族を連れてコルシカに里帰りをしている。「子どもたちは、朝海に行って、午後から山へ行って、夕方また釣りに行く。それを毎日毎日、繰り返しても飽きないみたいでした」という姿に、自分の子ども時代を見るようだったと目を細める。

コルシカの豊かな自然と食が育てたこだわりが、つくばの土地と水と空気、そして全国の確かな素材と出合い、家族との大切な時間を支えにして香り高く焼き上がった、ダヴィッドさんのパン。ひと口かむごとに深まる味わいには、そんな時と出合いの連なりが、ぎっしり詰まっているのだろう。

DAVID MATTEI(マッテイ・ダヴィッド)

1977年、コルシカ島で生まれる。作曲・演奏家から一転、製パン・ヴィエノワズリの国家資格を取得する。メゾンカイザーやbe(ビー)-ブーランジェピシェなどの味にこだわるパン屋で修業を積んだ後、家族で日本に移り住む。2007年の3月『david pain』を開店。

david pain
http://www.geocities.jp/davidpain2007/
茨城県つくば市牧園7-11
営業時間:7:30~15:00(パンがなくなりしだい閉店)
定休日  :月曜・火曜

Photography
:by Michinori Aoki
Text
:by Mary Yamada