IEDAN 03 × 成澤由浩
(東京・南青山 NARISAWA オーナーシェフ)
「次世代を担う子どもたちへ、伝えたいこと」家族で考える食の未来、この国のこれから。

IEDAN
家を楽しむ、家族と楽しむ。
人生に、仕事に、こだわりを持ってまい進するのはもちろんのこと。
家という空間が好きで、家で過ごす家族との時間を大切にしたいという男たち。そんな新しい男性像をGENUINはIEDAN【イエダン】と名付けました。

息子からつきつけられた、「学ぶ」ことへの疑問。

「忙しくなると1週間、顔を合わせないときもある。家族で食事ができるのも月に2~3回でしょうか。ただ恵まれたことに、自宅と職場が近いですから。彼は小さい頃からよく店に出入りしていましたね」

東京・南青山『NARISAWA』のオーナーシェフ、成澤由浩さんは、真剣な表情でアミューズの彩りを模索する長男の手もとを、静かに見守りながら語りはじめた。

英国の料理専門誌『Restaurant Magazine(レストラン・マガジン)』が毎年発表する「世界ベストレストラン50」に6年連続でランクインし、うち4回はアジアのベストレストラン賞、そして2013年には初開催の「アジア・ベストレストラン50」でグランプリを獲得した『NARISAWA』。いまもっとも東京で予約の取りにくいレストランのオーナーシェフとして、また自然の再生と安全な環境への願いを込めた活動でも知られる成澤さんは、多忙な毎日のなかでもふたりの子どもと接する時間を大切にしてきたという。

「長男が料理の世界に興味を持っているのは、なんとなく感じていました。無口な年ごろだからはっきりと意思を聞いたことはなかったのですが、中学受験の面接で将来の夢を聞かれたとき、『料理人になりたい』と」

それはうれしかったですよ──と言いながら、同時に「生半可な気持ちで飛び込める世界ではない。親として、また料理人として何をどう伝えていけばいいか、悩むことも多い」と成澤さん。

たとえば中学の3年生にもなれば、学校の勉強も忙しくなる。しかし料理で世界に進むと決めた彼にとって「必要のない勉強にどうして時間を取られなければならないのか。このまま日本にいて高校へ進む意味はあるのか」という悩みを、ぶつけられたりもしているそうだ。

「難しいですよね。僕自身、地元の進学校から大学に進むことを周囲に望まれながら、『大学に行ってる時間がもったいない』と19歳でフランスに飛び出した経験がありますから」

親が懸命に取り組み、前進する背中を見せるしかない。

しかし実際に世界で働いてみると、それぞれの国の歴史や文化についての専門的な知識がなければ、料理を真に理解し新しい味を創造することも不可能だと分かった。また近年、成澤さんが力を入れて取り組んでいる、日本の食文化を世界に発信する活動においても、自国の地理的な条件や動植物の生育環境から学ぶ必要があった。

「特にいま、この世界でトップにいる人間が追求しているのが、料理をサイエンスとしてとらえること。『昔からこうしているから、これが伝統的な方法だから』というだけでは通用しない。肉の組織が何度(温度)で、どのような理由でどう変化するから人間にとって美味に感じられるのか。僕は学校の勉強でいちばん化学が苦手だったので、非常に苦労しています(笑)」

もちろん自分もそうだったように、大人になって必要を感じたときに学び直すこともできる。しかし「学校で、カリキュラムに従って学ぶほうがはるかに効率的。若いから吸収も早い。『あの頃、ちゃんと勉強していれば』と思うからこそ子どもにはうるさく言いたくなるわけだけど──こちらの思いを押しつけすぎても、受け止めきれないでしょう」。

だからこそ、親自身が一生懸命に取り組み、前進する姿を見せるしかない。それは祖父の代から製菓業を営み、食に関わる仕事についてきた父親が、黙って見せてきた後ろ姿から学んだことだという。「料理人になる」と宣言した長男には、厨房の手伝いだけでなく、夏休みなど長い休暇にはホールで接客の仕事にも就かせた。また、海外での講演会でデモンストレーションを行うときのアシスタントとして同行させる機会もあるという。

「僕はイタリア語もフランス語も独学だったため、日常会話はどうにかなっても専門的な話は難しかったりする。学校の英語は得意だったけれど、会話やプレゼンテーションという面では使いものにならなかった。親が四苦八苦している姿を見て、せめて英語だけはがんばろうと思ってくれたらいいのですが(笑)」

自分で考え、行動できる子どもたちを育てたい。

また世界に出て働いてみると、キャリア教育という面で日本の現行システムのおぼつかない面も見えてくる。

「たとえばドイツでは、中学に上がる時点で将来の職業を意識させ、そのために必要な勉強をする学校へ進む。さらに、その職場で働く経験もさせます。将来の可能性を狭めてしまうという指摘もありますが、ある時点で、はっきりした目的を持って学ぶことには大きな意味があると僕は思います」

将来、自分が果たす役割を思い描くことで、社会への関心や参加意識を高め、さまざまな疑問を持ち、「考える」ことを学ぶ。

「特に、いまの日本の教育に欠けていると感じるのが『自ら考える力』を育む授業です。言い換えれば、『疑う力』ともいえるでしょう」

その思いから近年取り組んでいるのが、成澤さんが主催する日本の食文化を考える有識者会議『QUEST』の活動で、各地の小学校などで地元の食材を使った料理を作り、子どもたちと食について考える出前授業だ。農薬、食品添加物、流通、環境など──自分を取り巻く食の問題に疑問を持ち、考える。それが自分たちの命を、ふるさとを守る意識につながっていく。そんな子どもたちが一人でも増えていってくれたらうれしいと語る、成澤さん。

もちろん自らも、「サステイナビリティーとガストロノミーの融合」をテーマに、素材を生み出す背景をも大切にする気持ちから生まれた料理を発表。東日本大震災の復興支援では、福島をはじめとする生産地を応援する活動にも積極的にかかわってきた。

「そのときに非常に衝撃的だったのは、三陸の漁師さんが『こんなにつらい仕事は、子どもに継がせたくない』と語ったことでした。日本の第一次産業がビジネスとして成り立たなくなり、後継者不足が深刻化しているのは三陸にとどまりません。しかし生産者なくして、料理人の仕事は成り立たない。いかに僕らが現場を知り、適切な行動を続けていくか。その姿勢が問われていくと思います」

世界を経験し、トップの視点から料理のフィールドを見渡し、さらに一人の父親という視点からも子どもたちの未来を考える成澤さん。その背中を見つめ、後に続く者たちは何を学び、どう自分の生き方を考えていくだろうか。

NARISAWA YOSHIHIRO

19歳から8年間ヨーロッパの著名なシェフのもとで過ごし、帰国と同時にオーナーシェフとして神奈川県小田原市にLa Napouleをオープン。東京から多くの著名人や美食家たちを引き寄せた港の前の小さなレストランは、今だ、伝説のごとく語り継がれている。2003年に店名をLes Creations de NARISAWAと改め、東京・南青山に移転。2011年、店名を「NARISAWA」に改名。
http://www.narisawa-yoshihiro.com/

Photography
:by Michinori Aoki
Text
:by Mary Yamada