第1回 アートにこそ人生の神髄のすべてがある。

「18歳のとき、人生の神髄みたいなのが奥深く分かるのはアートだと思い、この道を歩いてきたわ。40歳になった今、どこにコアがあるかはおぼろげに見えてきた気がする。実体は分からないけどね」

イレーネ・クロッコはこう語りながら、いたずらっぽく微笑する。彼女がオーナーのアートギャラリーが5月にオープンした。トリエンナーレ美術館にも近い、ミラノの高級住宅地にある。19世紀の建物の地下と地上階450m²をフルに使った、サロン的な出会いの場として人々が利用できる空間だ。

子供の頃から両親に美術館によく連れていかれたイレーネは、アートへの興味が強かった。そしてアートの世界の内側に入りたいと願って、ミラノにあるブレラ国立美術アカデミーに入り、アルテ・ポーヴェラの旗手であったルチアーノ・ファブロに師事する。

「アートとは何か?」を徹底的に考えた。モノの見方を学んだ。モデルの素描をする場合にも、モデルの後ろに何があるかを見尽くす術を知った。

「もちろん哲学の本もたくさん読んだけど、私には十分には思えなかったの。アートにこそすべてがあると確信したのね」と話す彼女は、アカデミー卒業後、望み通り、ギャラリーや展覧会のキュレーターとして活動する一方、評論や教育でも経験を積む。

しかし、30代前半、大きな転機が訪れる。失職と離婚のダブルパンチだ。2人の小さな子供を抱えたイレーネは、大手ギャラリーのキュレーターの職を求めた。が、「それだけのキャリアがあるなら、なぜディーラーにならない?」と言われた。

それまで、アートは哲学的課題や文化的意義などを満足させる対象と考えてきたが、ここで市場価値という要素がはじめて入った。今まで、アートをお金のためと思ったことがなかったのだ。

新しい人生のパートナーと出会ったのは、それから間もなくである。一緒に住み始めたパートナーの広い自邸のサロンをギャラリーとして作品を並べ、コレクターとアーティストが作品を通じて敷居を感じることなく交われる空間をつくり上げた。

コンテンポラリーアートのギャラリーをオープンしたイレーネ。
写真提供:ドナテッラ・ディ・チッコ©Viasaterna

「作品を自分で売ることによって学んだことは多いわ。自分の世界にアート作品を持ち込みたいという人が少なくないのも、知ったわね」

イレーネは数年前からパートナーが主宰する文化財団のアートディレクターをつとめ、小さな村の風景の保存をテーマとした活動も続けている。金勘定とは縁のない地域貢献だ。その意味で今回のギャラリーオープンは、彼女の経験すべてが問われる挑戦になる。

「学生の頃から変わらずに評価しているアーティストと、最近になって真価が分かったと思えるアーティストは?」と聞くと、「ずっと変わらないのはアリギエーロ・ボエッティ。この年齢になってやっとよさが理解できるのはジョルジョ・デ・キリコかな」との答えが返ってきた。

ボエッティはイレーネが学生の頃にに亡くなり、作品はその後、うなぎのぼりに値が上がってきた作家である。今、コレクターに勧めるには高すぎるとため息をつくが、アートにはさまざまな価値があると悟った彼女は、作品の選択に迷いはない。

イレーネとキュレーターの仲間たち。
写真提供:ドナテッラ・ディ・チッコ©Viasaterna

Irene Crocco(イレーネ・クロッコ)
Age / 40
Job / アートディーラー、アートギャラリーオーナー
Address / イタリア、ミラノ
Nationality /イタリア

安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして独立。デザイン、食品、文化論(ローカリゼーションマップ)などを活動領域としている。著書に『ヨーロッパの目 日本の目――文化のリアリティを読み解く』(日本評論社)、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)ほか。
ローカリゼーションマップのサイト http://www.localizationmap.com/