マイドリーム・チェア

椅子が大好きな大学教授の話を、知人から教えてもらったことがあります。集めた世界中の椅子をストックするために、アパートの部屋を何室か借りているのだとか。でもあまりに椅子の数が多くて部屋にひとが入れず、部屋の様子はドアの郵便受けから時々のぞくだけだそうです。

その気持ちわかる! と言いたいのは、僕だけではないのでは。椅子は座るために合目的的に作られたものであり、基本的構造は脚と座面(モノによっては背も)とシンプルです。しかも座ってしまえば、存在は目に入らなくなります。でも、黙々と主人とその家族のオシリを支えていてくれる。この静かな存在が、僕にはいとおしく感じられます。

僕が使っているのは、デンマークのハンス・ウエグナーがデザインした、カールハンセン&サン社のCH24、通称Yチェア(英語圏ではウィッシュボーンチェア)です。1949年にデザインされたウッド製のもので、曲げ木細工の美しいカーブをもった木製パーツと、こよりのように撚(よ)った紙によるペーパーコードを120メートルぶん使って編んだ座面で作られています。

デンマークふうの白木中心の部屋から装飾の多い部屋、そして日本家屋まで、どんな部屋にも合うため、広く愛されています。実際、座り心地もとてもよく、傑作だと思います。世の中には、ほかにもよくできた椅子がたくさんあります。

このあいだ僕は、すばらしく魅了的な、やはりデンマークの家具を見つけました。コペンハーゲンで1869年に創業したルド・ラスムッセン家具工房のものです。製法と材料にこだわりすぎて生産性が低いため、倒産の危機に見舞われたこともあるといいます。そのぶん、作りのよさは、ひと目見ただけで虜(とりこ)になるほど。

僕が恋に落ちたのは、革張りのソファ。美しい艶と張りをもつレザーで、中身にはパームロックと呼ばれる、馬の毛と椰子(やし)の繊維で編んだクッションが詰めてあります。座ったときの体圧分布などじつに効果的です。戦前の高級車のシートはみな、これでした。外観も、厚みのあるクッションと、太いウッドの脚が、かなりの存在感を醸し出しています。

僕がいま興味をもっているのは、最もシンプルな「レッドチェア」。1927年にデンマークデザインの父といわれるコーア・クリントがデザインした、とてもシンプルな造形のものです。シンプルゆえに、ウッド部分の素材感や、革の質感が際立ちます。表面素材はニジェールの山羊、牛、それにファブリックが用意され、ウッドはマホガニー、オーク、欧州チェリーから選べます。さらに座面と表皮の合わせ目はパイピングにするか、ブラスの釘(くぎ)で留めるかもお好みで。

最も安いもので30万円を超えますから、高価です。自分がもし買うときは、心理的な言い訳として、「女性用ハンドバッグより安くて100年以上使える」と唱えるでしょう。妻がそんなことで納得してくれるかどうか。それは未知数なのですが。

小川フミオ

自動車とカルチャーを融合させた『NAVI』(二玄社)、日本で最も歴史ある自動車誌『モーターマガジン』(モーターマガジン社)、『アリガット』(IMAGICAパブリッシング)の編集長を経て、2004年よりフリーランス。著者に『カルロス・ゴーンへの警鐘』(02年刊、阪急コミュニケーションズ)、『ひとりで行ける上質ごはん』(東京書籍)他、多数。