平成の小堀遠州、北山安夫さんに導かれた日本庭園の魅力(前編)

日本の庭は、見るのではなく、感じるもの。

私がそう思うきっかけとなった庭がある。京都・建仁寺の潮音庭(ちょうおんてい)。寺に足を踏み入れてすぐ、広間越しに見えてくるその中庭はそこだけ明るく、まるでスポットライトを浴びたようだ。石や木の葉と枝の縁取りがはっきりくっきりと、際立って目に飛び込んでくる。縁側まで歩を進める。石が3つ並んでいる。いや、3人立っている、と言ったほうがいいかもしれない。そのくらいの存在感だ。そのどっしりとした存在感に触れると腹が据わり、心が静かになり、平穏が生まれる。

この庭のそばに、ただ座っているのが好きだ。石の立ち姿や、苔のしっとり感、上から差す日の光と木のシルエットの調和などをしばらく眺める。その後、背筋を伸ばし、目をつむる。すると、澄んだ空気の中に石の存在感を感じる。静かながら地に足のついた、心をたおやかにしてくれる存在感。

この静のパワーに満ちた庭を作ったのは、平成の小堀遠州とも称される庭師、北山安夫さん。庭師になって40年、国内外で活躍してきた。

私が北山さんと出会ったのは8年前、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で北山さんをインタビューしたとき。そのころ、未だまったく「和」の魅力に目覚めていなかった私は、あらためて、日本の庭の本質と北山さんの日本文化観について伺うべく、京都を訪ねた。

日本庭園と石

住吉「おひさしぶりですね」

北山「ほんと、おひさしぶりですね。番組でお会いしたのは8年前だけど、あっという間ですね」

住吉「本当に! 私、北山さんにお会いしたときから潮音庭が大好きになって、その後もよく訪れているんですよ。伺うたびに表情が違う気がして、日本の庭っておもしろいなぁって、最初に私に教えてくれた庭です」

北山「潮音庭はたった十数年しかたっていない、ということは、まだ成長し続けている庭なんです。だからこそ、共感できる要素があるんだと思います。700〜800年たっている庭とは違う共感です」

住吉「庭自体も変わっていっているんですか?」

北山「成長していると思いますね。人間と同じです。作りたては赤ちゃん。そこから小中学校、大学と、その都度成長していく。社会人になって、だいたい30歳で己の顔に責任を持つ。だから僕は『庭30年説』だと思っています。30年で庭園としての人格ができ、その庭園固有の成長をしていきます」

住吉「人間でも30歳からの顔は、っていいますよね。そうすると、潮音庭はまだやっと中学生くらいですね」

北山「木の伸び率は年間決まってますので。年間約50〜70cmくらいですよね。この庭をどうしたいかと思ったら、待たなきゃいけないんです」

住吉「気の長いお付き合いなんですね」

北山「そうですね。しかも、ただ待ってるだけじゃダメなんです。10年だったら、その10年をどういう状態にしてあげるかということが大事なんです。潮音庭は、とてもよくなってきました。育てているのは、人の目だと思っています。拝観に来てくださる人の目が愛情深かったということだと。愛情がなければ、陰のある庭や拗ねた庭になっていたのではないかと思います」

潮音庭(ちょうおんてい)/京都・建仁寺本坊の中庭に2005年に作庭。
四方から眺められる枯山水の庭であり、四季の移り変わりとともに多様な表情を見せる。

住吉「ちなみに、日本の庭って決まり事はあるんですか?」

北山「あるようでないですね。あることとすれば、島と半島があることですが、基本的には自由です。石ひとつでも島にはなるし、半島も表せるので」

住吉「島というのは、島を表している何かということですね」

北山「そう、池の中にあったりね。半島というのは、岬のような、突き出たところです。水のない庭であれば、地割りで半島にすればいいんです」

住吉「それ以外の日本庭園の出演者といえば、石とか、木、水、苔などいろいろありますが、どれがないといけないというのはないんですか?」

北山「その決まりはないです。石だけの龍安寺庭園もありますし、樹木だけの庭もあります」

住吉「そして、そのなかでも北山さんは、石がお好きなんですよね?」

北山「そうですね。特に石組(いしぐ)みが好きだったからこそ、今まで続けてこられたんだと思います」

己の感性と石との対話が、いい庭づくりには欠かせない
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